加養浩幸の生い立ち(その8)

中学3年のコンクールを終え、迎えるは高校受験。父親が営むパン屋さん「ハニードール」を継ぐことを勧められてか、加養少年は、進学先に県立千葉商業高校を選択する。

「頭がいい」と「勉強ができる」のは必ずしも一致しない。加養先生の「頭がいい」ということは、誰もが認めるところだろう。しかし、勉強は好きではなかった。

高校受験、大学受験、教員採用試験・・・・・・

加養先生が勉強をしているところを、私は見たことがない。加養少年が「勉強するから」という理由で遊びを断った話も聞いたことがない。しかし、やはり、頭はいいのである。

高校受験にまつわるエピソードを紹介しよう。

受験当日、試験会場である千葉商業高校までの電車の中、何気なく国語の文法の本を読んでいた。すると、入試の国語の試験に、その読んでいたところがまるまる出題されていた。おかげでその分、約20点をかせぎ、合計では、ゆうに400点(5教科500点満点)以上とった、というのである。

電車の中で読んでいたからといって、まるまるできるものだろうか。20点得したからといって、400点を越えられるものだろうか。やはり、加養先生は、昔から頭が良かったのである。

恐らくは上位で千葉商業高校に進学した加養少年。当時、銚子商業、習志野高校の吹奏楽部と並び称される、千葉の名門、千葉商業高校吹奏楽部に入部するのである。